9 - 1 号 ( 2024 年12 月 )

1.新理事長挨拶

神田 秀幸
( 岡山大学学術研究院 医歯薬学域公衆衛生学 )

2024年10月より日本アルコール・アディクション医学会理事長に就任させて頂きました、神田秀幸と申します。前理事長(現顧問) 堀江義則先生から引き継ぎ、学会運営の指揮に携わらせて頂いております。

私は、滋賀医科大学福祉保健医学講座 上島弘嗣教授(現同名誉教授)および同 岡村智教准教授(現慶應義塾大学教授)の薫陶を同講座大学院生として受けたことから、当学会とのご縁を頂きました。上島研究室は“循環器疾患の予防”をテーマに、日本を代表する研究から地域の課題解決まで広く手がける予防医学の拠点となるところでした。循環器疾患のリスクとなる喫煙・飲酒をテーマに取り組ませて頂き、当学会に入会しました。入会間もない私の抱いた当学会への印象は、“会員に優しい学会”でありました。つたない私の発表を会員の皆様から温かい目で見守って頂き、教育的な姿勢で質問を頂いたことを忘れません。学会に参加する度に学際的な発表や企画に、多くの刺激を受けてきました。

アディクション・依存症に関するテーマに対して学際的に取り組む当学会の姿勢は、現在にも引き継がれています。当学会の最大の特徴は、さまざまな領域の研究者等から構成されています。単独の学問だけでは解決が難しい課題に対して、複数の学問を連携・融合させることが試みられてきました。近年の例では、薬物依存症患者のC型肝炎治療に向けた活動は、学会内で精神科と肝臓内科の連携から生まれた好事例です。この活動は、日本肝臓学会も参画し、C型肝炎のない社会形成に向けた大きなムーブメントを形成しています。このようにアディクション問題を分野横断的な視点から見つめることで、新たな解決策を見出すことのできる場であり続けたいと思っています。

そこで、私の理事長就任に当たっての目標は、“学会員1000人の学会にする”ことです。理事長就任前の状況での総会員数は800人を少し上回る程度(2024年8月で会員813人)でした。以前、当学会では会員数1000人超える状態がありました。一見会員数の減少に見えるこの状態は、堀江前理事長のご尽力により、会員の実質化、つまり会費未納付者や物故会員の整理を行って頂いた結果によるものです。したがって現状の会員数は、会費を納付していただいている実質的な会員数になった次第です。

目標達成のためには、“入りたい学会であること”と“会員であり続ける学会であること”と考えます。まず、“入りたい学会であること”、つまり新規入会者を増やしたいと考えています。そのために、本学会内の各委員会活動で新規会員獲得に向けた活動に取り組んで頂いています。例えば、広報委員会ではSNSを活用した情報発信により、SNS利用の多いネット世代の入会を狙いとしています。学術委員会では、“当学会に来たくなる”魅力ある学会づくりや他学会との連携強化・合同企画の推進をご検討頂いています。これは新規入会者を、若手世代のみならず他学会会員の取り込みも念頭に入れるところです。このように、学会運営として新規入会を推進していきます。ここまでお読みいただいた会員の皆様は、身近な方で当学会未入会の方がいらっしゃいましたら、是非入会をお勧め下さい。一般会員の皆様のお一人が新規1人、学術評議員の皆様であれば新規2人を実践していただければ、そう遠い目標ではないように思うところです。

また、“会員であり続ける学会であること”、つまり会員が辞めない学会になるように考えていきたいと思います。アディクション医学関連の教育コンテンツを、当学会員向けに2024年9月より公開致しました。スタートとして肝臓内科、精神科、心理学等5分野の各専門家が、他領域の専門家向けに、5分から20分程度にまとめた動画コンテンツを教育資料として公開しています。各分野を効率的に学べる良さを有します。今後、会員サービスとして教育コンテンツのさらなる充実を図ります。また、本学会の表彰制度(柳田賞、学術奨励賞、優秀論文賞、年次学術総会からは優秀演題賞、若手奨励賞)の周知徹底を図ります。入会後こうした賞を目標にして、研究発表や学会活動を積極的に行って頂くことを一層推奨していきます。

当学会は、これまでも、これからも、愛されるアディクション分野の学際的な学会であり続けたいと思います。私自身は浅学非才の身ですので、会員の皆様方のご理解、ご協力、ご指導・ご鞭撻を頂きながら、当学会の発展に寄与したいと決意しております。

2.第59回日本アルコール・アディクション医学会 学術総会を終えて

堀江 義則
( 医療法人社団 慶洋会 ケイアイクリニック )

この度、2024年度アルコール・薬物依存関連 学会合同学術総会を2024年9月19日(木)~21日(土)の 3日間、シェーンバッハ・サボー(東京都千代田区平河町)にて開催いたました。日本アルコール・アディクション医学会としては、第59回の学術総会となります。「依存症治療の創造とアディクション学の創成 ―つなぐ想いと未来(あした)への挑戦―」をテーマに学会の開催内容にも工夫を凝らし、次世代へ諸先輩方の思いをつなぎながらも、時代に応じた行動・意識変容が体現出来るような学術総会となったと思います。

アルコール健康障害対策しては、日本公衆衛生学会との合同シンポジウムや「アルコール健康障害対策基本法」についてのシンポジウム、産業医研修会を兼ねたシンポジウムなどが開催され、本邦のアルコール健康障害対策の現状が示され、今後の施策につき討議されました。シンポジウム「新疾患概念Met-ALDを考える」では、欧米の肝臓学会での飲酒量が女性20-50g/日、男性30-60g/日の中等量飲酒者で、メタボリック症候群の基準の一部を満たす脂肪性肝疾患Met-ALDが紹介され、中等量飲酒者の対策の重要性が示されました。この対策にも繋がる飲酒量低減治療についても、「飲酒量低減薬セリンクロを用いた早期介入および断酒を目指した治療戦略」と題し、心理社会的治療のみでは飲酒量低減できない患者における飲酒量低減薬の使用方法についても紹介されました。さらに精神科紹介が必要な際の対応についてのシンポジウムも開催され、精神科と内科の連携に加え、メディカルスタッフを含む多職種連携の重要性が確認されました。従来のシンポジウムやワークショップに加え、「若手医師にとってのアルコール性肝障害診療の現状と課題」といった症例検討会を設けたところ、当事者の方々もご参加いただき、自助グループに是非参加(見学)してほしいなど若手医師へのアドバイスも頂きました。

ニコチン依存における紙巻きたばこからの代替え品として加熱式たばこや電子タバコなど使用することによるハームリダクションとしての効果や、デンマーク政府は代替え品の税金を少なくするなど、その移行を推進していることが紹介されました。しかし、新規使用のハードルが下がるのではないかなどまだ十分な議論ができていない点も指摘されました。たばこやお酒は有害物質なのか嗜好品なのかといった学会ならではのセミナー「人間にとって嗜好品とは何か:心理学から考える」も設けられ、学術的な討論も行われました。

薬物依存の領域も本学会の領域であり、市販薬乱用や危険ドラッグの乱用・流通の現状と薬物依存症治療に関する支援も紹介されました。内科領域にも関係ある薬物依存問題として、注射薬物使用者(Persons Who Inject Drugs:PWID)におけるC型肝炎(HCV)感染者の治療と再感染防止を進めない限り、世界保健機構が目指すペースでのHCV撲滅は難しいことが報告され、本邦での今後の対応について討論されました。

物質依存に加えて、ゲームやギャンブルなど特定の行動に対する自制できない程度ののめり込みを含めた嗜癖(アディクション)が近年大きな社会問題となっています。ゲーム障害、ギャンブル障害についてのシンポジウムも組まれましたが、アディクションへの実質的な対応は緒についたばかりであり、多様化するアディクションに対応していく上で、包括的な研究・教育・治療体制を整備することが必要と思われます。

ランチョンセミナーでは、依存症における不眠マネージメントについて取り上げました。薬物依存だけでなく、スマホ依存に対する対応もさいがた医療センターの佐久間寛之先生からお話しいただきました。特別講演では、小生の大学の同級生の慶應義塾大学医学部医学部長の金井 隆典 消化器内科教授に、「糖嗜好性における腸内細菌の役割」と題して腸内細菌が栄養に与える役割を概説していただき、アルコール依存への応用の可能性についてご提案いただきました。また、小生の中学、高校の同級生の衆議院議員で元財務副大臣の中西健治先生には、日本の経済、財政、税制を酒税も含めてお話しいただきました。813名の有料参加者があり、招待参加者を含めると830人以上の参加者がありました。立ち見が出る会場もあるなど、盛況のうちに会を終えることができました。

振り返りますと、令和6年の干支は「甲辰(きのえたつ)」です。「甲」は甲羅や甲冑など硬いものを表し、そして十干の始まりであり、ものごとの始まりや草木の成長を意味します。辰は「振るう」の文字に由来していて、自然万物が振動し、草木が成長し活気に溢れる様子を表しています。龍を司る辰は上昇気流に乗りやすい機運を持っていて成功や発展の象徴です。新しいことを始めるチャンスの年、今まで頑張って来た事が実を結ぶ年です。米国ではトランプ氏が大統領に当選、日本では石破新総理の誕生、頼氏が新しい台湾総統となり、大谷翔平選手がドジャースに移籍して50-50を達成、ノーベル平和賞には被団協が選出されました。横浜DNAベイスターズが日本シリーズを制して日本一になったことも挙げておきたいニュースです。当学会では神田秀幸新理事長が選出されました。理事長交代の中で行われた第59回学術総会が、新旧交代という意味での「依存症治療の創造とアディクション学の創成」に繋がってくれたのではと考えています。

令和7年は、戦後80年となるとともに当学会の第60回学術総会が開催されます。令和7年の干支は「乙巳(きのとみ)」です。「乙」は未だ発展途上の状態を表し、「巳」は植物が最大限まで成長した状態を意味します。この組み合わせは、これまでの努力や準備が実を結び始める時期を示唆しています。多くの人にとって安定と結実の時期となる可能性が高く、年内にはきっと具体的な成果が現れ始めるでしょう。しかし、成長の速度はさまざまで、中には時間がかかる場合もあります。そのため、辛抱強さが試される年にもなります。すぐに結果が出なくても、焦らず粘り強く取り組む姿勢が重要です。節目となる第60回学術総会で、大きな成果が結実することをお祈りいたします。

最後になりますが、多彩なプログラムを企画いただいた組織委員、プログラム委員の先生方、ご講演いただいた先生方、ご参加会いただき会を盛り上げていただいた参加者の方々に感謝申し上げます。

3.第60回日本アルコール・アディクション医学会 学術総会(2025年)のご案内

上村 公一
( 東京医科歯科大学法医学分野 )

この度、第60回日本アルコール・アディクション医学会学術総会は2025年10月23日 ( 木 ) ~ 10月25日( 土 )、学術総合センター 一橋講堂( 東京都千代田区一ツ橋、最寄り駅は地下鉄神保町、または、竹橋 )で開催する予定です。現在、準備委員会に加え、プログラム委員会が立ち上がり、特別講演、教育講演、シンポジウム、セミナー、市民公開講座、等の開催内容の具体的な検討を行っています。今回は近年行ってきた日本アルコール関連問題学会との共同開催ではなく、久しぶりの当学会の単独開催となります。

学術総会のテーマは「温故知新」としました。当学会の単独開催であることから、アルコール・アディクション研究の歴史を振り返ることにより、先人の研究成果を再発見し、今後の研究の発展につなげて行きたいと考えています。

当学会の研究領域は当初、アルコールや依存性薬物の薬理作用、薬物依存の機序の解明、薬物依存患者の治療や社会的問題の対応が中心でした。しかし、近年、従来からの物質依存だけでなく、ゲームやギャンブルなどの行動嗜癖も社会的に重要な問題となっています。現在、その実態の把握、機序の解明や治療法が求められています。当学会の研究領域はこの方面にも飛躍的に広がりつつあります。

新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延はほぼ収束し、日常の行動制限もなくなり、従来の日常生活や研究活動に戻ることができました。当学会は精神医学、内科学、薬理学、法医学、公衆衛生学、心理学、看護学、精神保健学などさまざまな領域の研究者や治療者から構成されています。本学会のように、幅広い研究領域の先生方が学術総会に参加して、自分の専門領域以外の研究者の意見を直接聞き、また、討論することはご自身の研究の幅を広げる上で、たいへん有意義だと思います。

近年、製薬等の企業の財政状況は厳しく、広報や販売活動費の見直しが進められています。そのため、これまで共催をしていただいてきた企業の辞退も見られるようになってきました。学術総会は会員の参加費と共催企業からの寄付金・共催セミナー・広告・展示の収入が大きな財源です。学術総会収支の赤字は学会の財政を圧迫します。現在、学術総会の赤字を避けるため、学術総会担当委員会、および、理事会で対応を検討中です。学術総会に関する情報は確定次第、すみやかに学術総会のームページ( https://procomu.jp/alcohol2025/ )に掲載していきます。

このように財政的には厳しい状態ですが、参加いただいた皆様の活発な発表・討論によって充実した学術総会にしたいと考えています。多数の皆様の積極的な学術総会へのご参加をお願いします。

4.施設紹介:医療法人社団翠会 成増厚生病院

垣渕 洋一
( 医療法人社団翠会 成増厚生病院 )

成増厚生病院は1959年に開設され、日本でも最大規模の精神科医療グループである翠会ヘルスケアグループの一員として板橋区で「尊厳」「安心」「信頼」を基礎にたゆむことなく技術と感性を磨き、「こころ」と「からだ」のサポートを行っております。

アルコール依存症専門病棟は1974年に開設し、1990年、依存症病棟を「東京アルコール医療総合センター」と名付け、専従の精神保健福祉士、心理士、作業療法士を配属し多職種連携による治療を開始しました。また、同年には通院の利便を図るため高田馬場クリニック(現:慈友クリニック)を開設し、アルコール外来とデイケアを移行しております。

現在、60床(保護室3床、一般個室5床、4床室52床)の急性期開放病棟で、年間の入院者は300名余りです。入院者の大半はアルコール依存症の方ですが、当院唯一の開放病棟ということもあり、開放病棟への適応がある他疾患の方も入院を受けています。一般社団法人日本精神科看護協会の依存症加算研修の実習施設、精神科専門医・指定医取得ができる研修基幹施設など教育の場でもあります。

従来から、企業の健康管理室との連携、自助グループとの連携、家族支援(家族教室、家族入院、子どもプログラム、思春期プログラム)に注力していましたが、最近は、以下にも力をいれております。

1. 行政・専門医療機関との連携

以前より、近隣の保健所、都内の精神保健福祉センターが開催する地域住民向けの講演会、支援者向けの講習会に講師を派遣しておりました。筆者は2012年からアルコール健康障害対策基本法推進ネットワークのメンバーとして法律制定の推進に携わり、制定後は施策の推進活動を行ってきました。基本法に基づき、2021年、当院は東京都から依存症専門医療機関「アルコール健康障害」に指定されました。2023年、依存症治療拠点機関に指定され都立松沢病院が、連携活動を開始し、2024年12月、都内の依存症専門機関が参加する連携会議が初めて開催されました。

2. 内科との連携

近隣の総合病院の医療連携室を当センターのスタッフが訪問し、当センターへ入院適応のある方を繋ぎやすくする方法を模索しています。以前は、紹介元に入院している方が、外出を許可もらって入院相談を行っていましたが、現在ではオンライン面談が多くなり、紹介のハードルが下がっております。 また都内の総合病院の消化器内科医を非常勤で招聘し、当センターの入院者の肝硬変、糖尿病などの治療にあたってもらっています。数年、続けて診療すると、「アルコール依存症になっても断酒できる人が結構いる」ことを体験しますので、常勤先で、「食道静脈瘤破裂で入院を繰り返してきた」といった方を、積極的に紹介して下さるようになります。

3. 併存障害の評価と支援

知的障害、発達障害、トラウマを抱えた方の治療は工夫が必要です。特に集団の中に入っていくのが難しい、プログラム参加が調子を崩すきっかけになることもあり、詳細な評価、個別プログラムの実施などを行っています。

4. 他の依存症の治療

従来から、処方薬依存には対応しておりました。今後、ギャンブル障害の入院治療を検討しています。
筆者が当センターに赴任したのは2003年です。当時と比べ、関心をもって参加する若い精神科医やコメディカルが増え、基本法による施策も追い風となっている反面、高齢化が進み、依存症の種類も増え、依存症以外の問題も沢山抱え、多岐にわたる支援が必要な人も増えています。

今後も、こういった時代のニーズに応える施設となるべく、慈友クリニックともども、日々新たな心で支援を行っていきます。

5.研究室紹介:京都大学医学研究科法医学講座

西谷 陽子
( 京都大学大学院医学研究科法医学講座 )

京都大学大学院医学研究科・医学部は1899年に京都帝国大学医科大学として開設し、2024年に創立125周年を迎えました。法医学講座は1902年に設置され初代岡本梁松教授が着任しました。日本における法医学分野の先駆的役割を担い現在に至っています。私は2023年10月に第八代教授として着任しました。大学での法医学の研究室でどのようなことをしているのか、ドラマ以外のイメージがわかない方も多いかと思いますが、私たち法医学を専門とする大学教員は、臨床医のように実務として解剖業務を通じた死因究明を行っています。京都大学法医学講座では年間約120件の法医解剖を実施しております。事件や事故での死亡事例もありますし、アルコールや薬物の中毒あるいは突然死や予期しない疾患による死亡など対応する全身の傷病が対象となります。そして、日々の実務の中で得られた疑問や問題を解決するために、研究を平行して行っておりますが、法医学における研究領域は多岐にわたっております。病理学的側面、薬物中毒の側面、外傷から内因性疾患、虐待や孤立死、交通事故などの社会的な問題まで関係しております。その中で、私たちの教室では、健康な人が外部からの因子の影響でどのように変わるのか、特に中毒や外傷、あるいは日々の生活習慣がどのように臓器障害を引き起こすのかということに注目をしております。

現在、当研究室においては死因究明や予防医学につながるような事例について、モデル動物を作成して解析しております。法医学で経験する死亡事例では代謝機能障害関連脂肪肝炎(MASH)を基礎疾患として持っている事例が少なくありません。特に未治療の重篤事例もあります。そこで、特殊な食餌を使ったMASHマウスモデルを作成して、肝臓における内皮細胞障害やミトコンドリア障害について解析しました。MASHモデルで肝臓以外の臓器の障害についても解析をはじめております。突然死の原因としてもっともよくみられる虚血性心疾患を詳細に検討するために、心筋梗塞マウスモデルを作成し、環境による病態の悪化について検討を行っています。法医学領域でしばしば頭部外傷を経験することより、ウェイトドロップ法によるマウス頭部外傷モデルを作成し、細胞質内タンパク質HMGB1を介して頭部外傷の胸腹部臓器へ及ぼす影響について研究を行っています。さらに、外傷での出血が死につながる事例も多く、出血性ショックラットモデルを用いて出血状況の差異により血液凝固や局所の循環障害によるミトコンドリア障害などの解析を通じて臓器への影響について研究を行っております。それ以外にも日常における法医実務に関わる症例検討を行っており、特に本教室では2011年より遺体専用CTを導入しております。その中で、放射線診断医と連携して死後画像診断(オートプシー・イメージング)を中心とした症例検討勉強会を定期的に行っています。私自身はアルコール・薬物にかかわる研究を行ってきました。肝臓における細胞内情報伝達系とアルコールの関係に着目して潅流肝や初代培養肝細胞を用いた研究を行ってきました。法医解剖事例において、大量飲酒による直接的な死亡や、他の薬剤と併用による死亡、あるいは飲酒による臓器障害での死亡、飲酒酩酊が惹起した事故など、多くの事例はアルコールや薬物が関与しております。日本アルコール・アディクション医学会において法医学領域の会員は昔に比べると減ってきておりますが、法医学会内においてアルコールが重要であることは変わっておりません。引き続き法医実務におけるアルコール等の解析を行うとともに、アルコールや薬物にかかわる臓器障害について研究を行っていきたいと思っております。

日本法医学会による法医認定医のうち実際に大学で法医実務を担当しているものは百数十名程度と少なく人材不足が問題となっております。京都大学法医学講座が法医学者、そしてアルコール薬物、アディクション問題に関わる研究者の育成に貢献できる教室にしたいと思っております。

6.読み物

ICD-11について
~依存症領域に関するICD-10からの変更点~

松下 幸生
( 国立病院機構久里浜医療センター )

【はじめに】

国際疾病分類第10版(ICD-10)が第11版(ICD-11)に改訂されたことに伴い、嗜癖の概念が拡大された。ここではICD-10からICD-11への変更点を中心に紹介する1)

【ICD-10からICD-11の変更点】

1. 物質の種類が10から14に増えて、精神作用のない物質も分類・収載された

4種類の物質が追加された。すなわち、合成カンナビノイド、合成カチノン、MDMAまたは関連薬物および解離性薬物である。一方、タバコはニコチンに名称変更になっているが、ニコチン摂取の方法が多様化したことと関連する。また、緩下剤や成長ホルモンといった精神作用のない物質に関しても依存を除く各診断カテゴリー要件が収載されている。

2. 新しい診断カテゴリーの収載

ICD-10で有害な使用とされていたカテゴリーは、有害な使用パターン(harmful pattern of use)として収載されているが、有害な使用エピソード(episode of harmful use)という新規のカテゴリーが収載された。これは、物質の使用が1回でも、本人の身体的、精神的障害を引き起こしている場合や他者の健康を障害している場合に診断でき、早期に介入することを可能にするものだが、物質の持続的、繰り返す使用などの情報がさらに得られた場合には、適切な診断に変更することが求められる。

3. 物質依存の診断項目の変更

中心の生活および害の発生にもかかわらず使用を続ける、負の強化への抵抗、耐性または離脱の存在)になり、2項目以上が3か月以上続く場合に診断される。診断項目は簡素化されたが、アルコールと大麻使用に関してはICD-10とICD-11で高い一致率が報告されている2)

4. 物質誘発性精神疾患の収載

ICD-10のせん妄を伴う離脱状態は、物質誘発性せん妄に変更となり、さらに物質誘発性精神症・気分症・不安症・強迫症または関連症・衝動制御症が収載された。

5.物質誘発性健忘症および認知症の分類変更

ICD-10の健忘症候群や残遺性および遅発性精神病性障害は、精神作用物質による健忘症、認知症として神経認知障害群に分類された。

6. 行動嗜癖(ギャンブル行動症、ゲーム行動症)の収載

ICD-10では、いわゆるギャンブル依存は病的賭博という病名で窃盗癖や放火癖と同じ習慣および衝動の障害に分類されていたが、ICD-11ではギャンブル行動症という病名に変更になって行動嗜癖に分類されることになった。診断ガイドラインは、①コントロール障害、②ギャンブル中心の生活、③悪影響にもかかわらずギャンブルを持続させるの3項目すべてを満たす必要がある。ゲームについては、ICD-11で初めて収載されることになり、ゲーム行動症という診断名になる。診断ガイドラインはギャンブル行動症に準じる。なお、物質使用には上述の「有害な使用パターン」や「有害な使用エピソード」という診断があるが、行動嗜癖に該当する診断はない。

7. 他者への害が診断に組み入れられたこと

ICD-11では、物質使用が他者に対する身体的・精神的な健康を害した場合に使用する本人に診断を下すことが可能になった。これは、有害な使用パターンおよび使用エピソードに適応できるが、依存には使用できない。

8. 危険な使用が明確に定義され、収載されたこと

危険な使用(hazardous use)という用語は以前から使用されていたが、ICD-11で初めて正式な診断として認められた。しかし、記載されているのは第24章「健康状態または保健医療サービス利用に影響を及ぼす要因」であり、精神疾患とは異なる。これは「頻度や量において、本人または周囲の者に明確に身体的または精神的健康障害を引き起こすリスクが高く、そのために保健の専門家から注意やアドバイスを受ける程度の物質使用パターン」と定義される3)。すなわち、本人または他者の健康障害が実際に起こっていない場合に適応される。なお、危険な使用は物質使用だけでなく、危険なギャンブル行動または賭け事、危険なゲーム行動も含まれている。

【参考文献】

  1. 樋口 進:アディクションの今日的理解 ICD-10からICD-11への変化を中心に 精神医学66巻7号、2024年 874-881.
  2. Degenhardt L, Bharat C, Bruno R, et al. Concordance between the diagnostic guidelines for alcohol and cannabis use disorders in the draft ICD-11 and other classification systems: analysis of data from the WHO's World Mental Health Surveys. Addiction. 2019 Mar;114(3):534-552.
  3. 松下幸生:嗜癖行動症の診断 講座精神疾患の臨床8 物質使用症又は嗜癖行動症群 性別不合(樋口進編)中山書店 2023年

飲酒ガイドラインについて

高見 太郎
( 山口大学大学院医学系研究科消化器内科学 )

わが国では、アルコール関連問題に対する取り組みの重要性が認知されたことをうけ、2014年に「アルコール健康障害対策基本法」が施行され、2016年にアルコール健康関連障害対策推進基本計画が策定されました。さらに本年2024年には飲酒に伴うリスクに関する知識の普及の推進を図るため、国民それぞれの状況に応じた適切な飲酒量・飲酒行動の判断に資する「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」が作成され公表されました。

我が国を含め多くの国々で、お酒の伝統と文化は生活に深く浸透しているものの、不適切な飲酒は健康障害等につながります。そこで厚生労働省では、基礎疾患等がない20歳以上の成人を中心に、飲酒による身体等への影響について、年齢・性別・体質等による違いや、飲酒による疾病・行動に関するリスクなどを分かりやすく伝え、その上で、考慮すべき飲酒量(純アルコール量)や配慮のある飲酒の仕方、飲酒の際に留意していただきたい事項(避けるべき飲酒等)を示すことにより、飲酒や飲酒後の行動の判断等に資するガイドランを作成することになりました。

特に今回のガイドラインでは、アルコールの代謝と飲酒による身体等への影響について、アルコールの代謝を概説したうえで、お酒の影響を受けやすい3つの要因として年齢、性別、体質を挙げて説明しています(図1:広報チラシ 「みんなに知ってほしい飲酒のこと」をご参照ください)。

図1「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」広報チラシ

また、これまでのパーセント表示では実際の飲酒量を把握することは難しいことから、お酒に含まれる純アルコール量(グラム)を認識したうえで、自分にあった飲酒量を決めて適切に飲酒することを推奨しています。そのため、お酒に含まれる純アルコール量(グラム)は「摂取量(ml) × アルコール濃度(度数/100)× 0.8(アルコールの比重)」で計算できることも説明しています。さらに疾患の発症リスクが上がる飲酒量(純アルコール量)を意識して、自分の適切な飲酒量を設定することを勧めています(図2:我が国における疾病別の発症リスクと飲酒量(純アルコール量)、「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」に掲載しているものです)。

図2 我が国における疾病別の発症リスクと飲酒量(純アルコール量)、「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」に掲載しているもの

ぜひ会員の皆様も、適切な飲酒習慣の啓蒙のため、引き続きのご指導をよろしくお願いいたします。

7.事務局からのご連絡

年会費支払い方法について

2024年度年会費より、クレジットカードでお支払いいただけるようになりました。また、従来通り学会の口座へ直接お振り込みいただくことも可能です。請求書が届いていない方は、事務局までお知らせください。

正 会 員 8,000 円
学術評議員 14,000 円
役  員 17,000 円
学生会員 4,000 円

【ご入退会・変更等手続きについて】

周囲に当学会へご興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非、本学会へのご入会をお勧めください。

1) 入会について

HP(https://www.jmsaas.or.jp/step/application/)から、入会申込書をダウンロードしてご記入の上、事務局へお申込みください。入会には理事会審査(1か月に1度)が必要になるため、正式なご入会までには最大2か月程度お時間をいただくことがございます。

2) 変更について

ご所属、ご職名などに変更がありましたら、事務局までご連絡ください。

3) 退会について

E-mail、FAX、郵送等文書に残る手段で、①フルネーム、②連絡先、③退会年度をご連絡ください。

【連絡先】

日本アルコール・アディクション医学会 事務局
TEL / FAX : 075-251-5345
mail : 

啓発用リーフレットについて

当学会では「あなたの飲酒が心配です」とした、啓発用のリーフレットを 1 部 30 円で下記印刷所に販売委託をしております。ご希望の方は下記までご連絡ください。

  • 会社名 :畠山印刷株式会社
  • 所在地 :三重県四日市市西浦 2 丁目 13-20
  • 電 話 :059-351-2711(代)
  • FAX :059-351-5340
  • Email :hpc-ltd@cty-net.ne.jp

※学会ホームページにも同様のお知らせを掲載しております。

8.編集後記

今 一義
( 順天堂大学医学部消化器内科 )

ニューズレター(NL)9-1をお届けします。

燃料費や渡航費の高騰、円安ドル高、インバウンド需要による宿泊費の上昇など、国内外の移動が厳しさを増す昨今ですが、学術活動を途絶えさせることなく続けていきたいものです。本ニューズレターが、JMSAAS会員の皆様にとってモチベーション向上の一助となれば幸いです。今回は2024年10月に新理事体制となってから初の発行となります。

冒頭では、新理事長の神田秀幸先生からのご挨拶を掲載しました。神田先生は日本アルコール・アディクション医学会を”学会員1000人の学会にする”、“会員であり続ける学会であること”という目標を力強く宣言されました。前理事長であり、第59回学術総会会長を務められた堀江義則先生には、学術総会の総括と未来への熱いメッセージをいただいています。また、次期第60回学術総会会長である上村公一先生からは、「温故知新」をテーマにした2025年学術総会への思いと現状の課題への提言を寄せていただきました。

施設紹介では、成増厚生病院の垣渕洋一先生に、首都圏で貴重なアルコール外来・専門病棟の取り組みをご紹介いただきました。内科との連携やオンライン面談、医療従事者の教育、さらにはギャンブル依存など他の依存症対策についても詳しく解説されています。研究室紹介では、京都大学医学研究科法医学講座の西谷陽子先生が、法医学の最前線について基礎から実務にわたる幅広い活動を紹介してくださいました。読み物としては、久里浜医療センターの松下幸生先生にICD-11の変更点について解説いただきました。依存症領域の多様化に対応する改訂内容や用語の変更点をわかりやすく説明しています。また、山口大学大学院の高見太郎先生には、2024年に厚生労働省が公表した「健康に配慮した飲酒ガイドライン」について寄稿いただきました。年齢や性別、体質、疾病リスクを踏まえた具体的かつ実践的な内容が示されています。

日本アルコール・アディクション医学会は、分野を超えて多様なアカデミアが学際的な討論ができる貴重な場であり、アルコール、ニコチン、薬物に加えてゲーム・ギャンブルなど、アディクション問題が多様性を増していく中で、重要性は今後より増していくものと予想されます。今回のニューズレターがJMSAAS会員の先生方の知識を深め、活動の一助となることを願っております。